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2015.12.南欧旅行記#10 死ぬかと思った編

2016/01/01の夜のことでした。

元旦の夜です。フィレンツェから帰った夜なわけです。
翌日はヴェネチアに行く予定でした。

旅行記#02にはフィレンツェとヴェネチアの両方を書きましたが、あえてそこには書かなかった部分です。


旅行記にはフィレンツェでアップルパイマスカルポーネチーズを頼んだことを書いています。
また(書きませんでしたが)、フィレンツェからボローニャへ帰る途中、駅でパニーニを買いました。
ホテルで夕食にするつもりだったので「温めなくていい」と伝えたのですが、何故か温められました。

さて、何が原因だったのか、おそらく上記のどれかが原因だと思うのですが・・・。

夜22:00すぎ、嫁が「なんだか気分が悪い」と言い出しました。
やがて「トイレに行く」と言い、吐いてしまったのです。
戻ってきても青白い顔をしており、「まだ気分が悪い」と何度もトイレを往復。

そのうち「胃が痛い」と訴えるようになりました。
顔色も真っ青というか真っ白。血圧が低くなっているようでした。

これはまずいということで、急ぎ旅行保険(掛けていて良かった・・)の会社に電話。急ぎボローニャ近郊で通訳を手配するとのこと。
が、こちらは夜ということもあり、手配するのに時間がかかる恐れがあるとのことでした。
最悪、レセプションに頼んで救急車を呼ぶように、と案内されました。

胃痛は激しくなるばかり。そして保険会社からの連絡はなく・・。

結局、レセプションに頼んで救急車を呼びました。
この時はもう日付を超えていたと思います。

10分くらいで救急隊が到着。おっちゃんとおばちゃんの2人組でした。
早速救急車に運ばれ、私も付き添いで同乗しました。そりゃそうだ。

目的の病院までは10分くらい。マジョーレ病院という所でした。
(余談ですが、アイルトン・セナが死亡事故を起こした時に運ばれた病院なようです)

救急車の中で進行方向と逆向きに座っていた私は酔ってしまったのか、着いた途端、ちょっと気持ち悪くなったのですが、それよりも嫁の方がずっと重症。すぐにストレッチャーごと運ばれていきました。
運ばれた先は救急の待合室ですが、すでに何人かの患者が診察を待っていました。

看護師に身分証明証としてパスポートを渡したり、嫁に飲み物を買ったりしているうち、今度は私の方が腹が痛くなってきました。
もともと腹が弱い方なので、うーんまたかーと思ってトイレに行き・・・。

トイレに行き・・・。
トイレに行き・・・。

行き過ぎ。

もうね、半端ねー下痢でした。何度も何度もトイレに行ってはいますが腹痛は全く治まらず。
そのうち気分が悪くなってきて、力が抜けてきてしまいました。貧血っぽい。
迷走神経反射?(過去に経験) ていうかこれ食中毒? マスカルポーネか? パニーニか?

と思っていると、そこに、さきほど我々を搬送してくれた救急の二人組が!
ふらつく足取りで彼らに近づき、

俺も同じような症状になったんだけど・・・。

と身振り手振りで伝え、すぐ側にあった椅子に倒れ込みました。

ここからの記憶は曖昧です。

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  • 看護師に「パスポートを見せろ」と言われて渡した。
  • ストレッチャーに乗せられ、嫁より先に処置室に連れていかれた。
  • イタリア語で話しかけられてもわからねーーーー
  • 貧血で首から下の感覚が痺れて何がなんだかわからない。
  • よくわからない注射を左の手首に。身体が弓なりになるほどの激痛。しかも5回。
  • 「リラーーーーーーーックス! ( ゚д゚)」 ※注射を打たれて悶てる時に言われた
  • X線室に運ばれ、ストレッチャー上で右を向け、左を向け、と指示される。

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気がついたら大きな病室で寝かされてました。右腕には点滴。
「やあ」
という声がしたので左を向くと、そこには嫁。やはり点滴。
嫁より先に処置されたこと、処置されてから何時間も経過していることを知りました。
といっても、まだ朝。結局そのまま2時間ほど滞在し、何度か点滴を替えてもらいました。

さてこの日はボローニャを発ってヴェネチアに行く日。
午前中のうちにホテルをチェックアウトし、ヴェネチア行きの電車に乗らなければなりません。
つまり今からなるべく早く
  1. 診療代を払って
  2. 急いでホテルに戻って
  3. 駅に行く
ってことをしなければならないわけです。
そのことをアヴリル激似の看護師に伝えたところ、

「じゃあ、あと1本だけ大急ぎで点滴を打つから、そしたら帰っていいよ」
とのこと。
気になる料金は? と聞いたら

「なんのこと?」

と・・・。いや、だから、あの、料金は? 診療代は? と重ねて聞くと

「だから、この点滴を終えたら、あなた達はそのまま帰っていい」

と。
どういうこっちゃ・・・ああ、パスポート渡したし、あとで精算されるのかな・・と思いつつ、本当にそのまま病院を後にしました。

とりあえずなんとかホテルに戻り(レセプションに心配されました)、時間どおりにヴェネチアへ発つことが出来ました。

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病院を出る際、それぞれ数枚の紙を渡されました。
後日翻訳してみると、診療記録でした。
原因までは書いていませんでしたが、私の方にだけ、
痛みが強いので、モルヒネを投与
と書かれていました。
クッソ痛かったけど、あっと今に寝てしまったのはそのせいだったのか・・・。

ちなみに原因は全くわかっていません。
症状が発生した時刻に2時間くらいの差異はあったものの、おそらく食中毒かと思います。

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ヴェネチアには問題なく行けましたが、結局リスボンに着くまでずっと気分が悪くてほぼ何も食えませんでした。
原因としてマスカルポーネチーズを疑っていた私は、数日間、甘いものの匂いを嗅ぐだけでえづいていました。
その間の主食はコーラ。

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気になる診療代ですが、結論として請求されませんでした。
この時初めて知ったのですが、どうやらイタリアは観光立国として
観光目的で滞在中の外国人が病気になった場合、診療代は請求しない(例外となる条件あり)
としているようです。
不幸中の幸いでした。

もしイタリアに行く際、覚えておくと良い・・かもしれないです。
それと、今回たまたま旅行損害保険に入っていましたが、これ以降は必ず入るよう決めました。
今回は使うことはなかったですが、海外のトラブルにおいて相談できる相手がいるっていうのは心強いもんです。

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